岡山地方裁判所倉敷支部 昭和42年(ワ)50号 判決 1968年6月27日
原告
高橋玉一郎
ほか一名
被告
小松原弘
ほか二名
主文
被告小松原弘、同中本商事有限会社は原告高橋玉一郎に対し各自金七五万円およびこれに対する昭和三九年五月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被告小松原弘、同中本商事有限会社は原告高橋百合子に対し各自金七五万円およびこれに対する昭和三九年五月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告両名のその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその二を原告両名の、その三を被告小松原弘、同中本商事有限会社の各負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは各自原告高橋玉一郎に対し金一〇〇万円、原告高橋百合子に対し金一五〇万円およびこれらに対する昭和三九年五月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、昭和三九年五月一七日午後〇時一〇分ころ、倉敷市玉島長尾一六八九番地先道路上において、被告小松原弘の運転する大型貨物自動車(岡一せ一三〇三号)(以下被告車という)が南進中、先行する原告高橋百合子の運転する自転車を追い越す際、被告車の車体が右自転車の後部荷台に同乗していた訴外亡高橋菊野に接触し、同女は道路上に転落し、そのうえを被告車の左後輪が轢過し、そのため同女は左胸部圧迫骨折、肺損傷の傷害を受け、同日午後〇時四五分右傷害が原因で死亡した。
二、この事故は被告小松原の過失によつて生じたものである。すなわち事故現場の道路は有効幅員が三米五糎(道路幅員は四・一米であるが、左側六〇糎、右側四五糎が斜面になつている)で、事故現場より三七・五米先は道路幅員が六・七米と広くなつていて、その間は直線で見とおしが十分きく場所である。また右道路は農道として利用されている田舎道で自転車の二人乗りが許されている。(道路交通法第五二条、岡山県道路交通法施行細則第八条第一項第一号のイ本文)にかかる状況において大型貨物自動車(車体の幅員二・五米)の運転者としては、道路前方に自転車の二人乗りを発見した場合、徐行または停止して先行自転車が道路幅員の広くなつているところまで進行するのを待つて追い越すか、あるいは自転車が停止し待避するのを確認したうえで追い越すなど、事故の発生を未然に防止するべき注意義務かあるのにこれを怠り、漫然とそのまま追い越した過失により本件事故が発生したものである。
三、被告水島興発株式会社は不動産の開発、貸倉庫、運送などを業とし本件事故当時、被告小松原を貨物自動車の運転手として雇傭していた。また被告中本商事有限会社は砂利、砂の採取、販売などを業とし、被告小松原にその運転する被告車を用いて砂利、砂などの運搬を継続的にさせ、本件事故当日もこれにあたらせていた。したがつて被告水島興発は民法第七一五条あるいは自動車損害賠償保障法第三条により、被告中本商事は自動車損害賠償保障法第三条により、被告小松原は民法第七〇九条により、原告らが本件事故によつて受けた次の損害を賠償すべき責任がある。
四、原告玉一郎は訴外菊野の夫、原告百合子は同人の子である。訴外菊野は死亡当時六五才であつたが、病を知らない健康体で家事および農業に従事し、田約四反、畑約一反を原告らとともに耕作し、別に独りで鶏一〇羽余りを飼育し、さらに麦干真田を編んで収入をあげていた。原告玉一郎は結婚生活四五年におよぶ訴外菊野を本件事故により突然失い、独り老境にとり残こされたものであつてその悲しみは大きい。また原告百合子は訴外菊野の一人娘で家付の娘として一身に愛を受け、出生後事故当日まで同居し、また同人を自転車に同乗させて本件事故に遭い、同人が轢過されるのをその場で目撃した。本件事故が被告小松原の過失に起因するものであることは前記のとおりであるが同被告は過失がなく、事故は原告百合子および訴外菊野の一方的過失によるものであると強弁し、警察官をして事実を誤認させ、刑事責任を免れ、恥じるところがない。このため原告百合子は母親殺しの汚名を受け苦悩煩悶し、ノイローゼとなり、災禍性神経症状を呈し、また肉体的にも健康を害して慢性腎炎などにかかり医師の治療を受けた。
以上のような事情を勘案すると本件事故によつて原告らが受けた精神的苦痛に対する慰藉料は原告玉一郎が一〇〇万円、原告百合子が一五〇万円をもつて相当とする。
五、したがつて被告ら各自に対し、原告玉一郎は右慰藉料一〇〇万円およびこれに対する事故の翌日である昭和三九年五月一八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告百合子は右慰藉料一五〇万円およびこれに対する右昭和三九年五月一八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因に対して次のとおり述べた。
一、請求原因第一項は原告ら主張の日時、場所において被告小松原の運転する被告車が南進中、先行する原告百合子の運転する自転車を追い越した直後、右自転車に同乗していた訴外菊野が道路に転落したことは認めるがその余は否認する。被告小松原は事故当日、井原市に被告車で砂を運搬しての帰途、右道路上を南進中、前方約一〇〇米に原告百合子が訴外菊野を後部荷台に乗せた自転車を運転して同一方向に進行しているのを発見し、追尾したが本件事故現場附近にさしかかつた時、自転車の右側を約一米の間かくを空けて追越したものであり、接触したことはない。原告百合子が運転未熟のためふらつき、被告車が通過した直後、訴外菊野が道路に転落したものである。
二、請求原因第二項は否認する。前記のように被告車と自転車の間は約一米間かくがあり被告小松原は楽に追い越しができると考えて追い越したものであり、原告百合子が運転する自転車がふらついているのを見て直ちに停止したところ、被告車の後に訴外菊野が転落していたものであつて、本件事故発生につき被告小松原には過失がない。
三、請求原因第三項のうち被告水島興発、同中本商事の営業は認めるが、被告小松原は被告水島興発に雇われているものではない。被告小松原はその所有する被告車を使用し、被告水島興発あるいは被告中本商事の委託により山土を一台につき七五〇円の運賃で指定の場所に運搬することを請負つていたに過ぎないしたがつて被告水島興発、同中本商事には本件事故につき責任がない。
四、請求原因第四項は知らない。慰藉料金額は争う。
〔証拠関係略〕
理由
一、昭和三九年五月一七日午後〇時一〇分ころ、倉敷市玉島長尾一六八九番地先道路上において被告小松原の運転する大型貨物自動車(被告車)が南進中、先行していた原告百合子の運転する自転車を追い越そうとしたこと、その際自転車後部荷台に同乗していた訴外亡菊野が道路上に転落したことは当事者間において争いがなく、〔証拠略〕によると、右被告車が自転車を追い越そうとしたとき、被告車々体の一部が原告車後部荷台に東を向いて横坐りしていた訴外菊野の衣服の背部に引掛かつたため原告百合子の運転する自転車は平衡を失つて被告車の方向に倒れ訴外菊野は被告車の左後輪の斜前方の道路上に投げ出されたこと、被告小松原は右自転車が平衡を失つたのを見て直ちに停車の措置をとつたが左外側後輪が同女の傍を通過した時、同女の左胸部が左外側後輪タイヤと道路との間に狭まれて押さえつけられながら外へにじり出されるような結果となり、そのため同女は左胸廓圧迫骨折、肺損傷の傷害を蒙り、直ちに同市玉島高越病院へ移され、右傷害が原因でまもなく死亡したことがそれぞれ認められ、右認定とくいちがう〔証拠略〕は、右訴外菊野の受けた左胸廓圧迫骨折、肺損傷の傷害の部位、程度と証人高越秀明の証言、原告高橋百合子本人尋問の結果を併せて考えると直ちには信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。
二、〔証拠略〕によれば、被告小松原は昭和三八年九月二〇日ころ被告車を購入してこれを所有するに至つたこと、昭和三九年三月ころより同年八月ころまでの間、被告中本商事が採取した砂、バラスなどを採取場から同会社の指定する井原、児島、岡山などへ一台当り約定された運賃で運送することを請負い、右期間中は専ら同会社のしごとに従事していたこと、被告中本商事は砂利、砂などの採取、販売を業とする会社であるが、砂利、砂の運搬は専ら被告小松原と同じように貨物自動車を所有する運転手と専属的に請負契約を締結して運送に従事させ、運賃は一ケ月毎にその翌月の一〇日に支払をしていたこと、本件事故当時同会社は右のような方法で自動車四台と契約し、それらの自動車の車体には専属的にしごとをしていることをあらわすために、同会社の名前がペンキで表示されていたこと(但し事故当日被告車の車体に同会社名が表示されていたか否かは判然としない)、被告小松原は事故当日同会社の砂を井原へ運搬し、その帰途本件事故を惹起したことがそれぞれ認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。そして以上の事実によれば被告小松原ならびに被告中本商事はいずれも被告車の運行を支配するとともに運行による利益を享受し自動車損害賠償保障法第三条の規定にいわゆる「自己のため自動車を運行の用に供する者」であると解せられる。
さらに原告らは被告水島興発は被告小松原を雇傭しており、右法条にいう「保有者」に該当し、また民法第七一五条によつて賠償責任があると主張するが、本件事故当時被告小松原が同会社に雇傭されていたことを認定するに足りる証拠はない。
ただ〔証拠略〕によると、被告水島興発もその造成工事を営むについて山土を運搬するには貨物自動車を所有する運転手と前記被告中本商事と同様の方法で請負契約を締結し、指定する場所から場所へ山土を運搬させていること、昭和三八年九月ころから昭和三九年二月ころにかけて被告水島興発は水島の東鉄および川鉄の埋立工事を請負い六〇台から二〇台の範囲の貨物自動車を右埋立工事の土砂運搬に従事させていたが、そのほとんどが前記のような形式で下請けをした運転手つきの貨物自動車であり、その車体には被告水島興発の名称がペンキで表示されていたこと、これら運転手については同会社において賃金台帳を作成し、また労働基準監督者に対し雇傭労働者として報告していること、ガソリン代金、修理代金は同会社の方で負担していること、被告小松原も昭和三八年九月ころから昭和三九年二月中旬ころにかけて右のような形式で同会社と契約を締結し、その所有する被告車で同会社の山土運搬のしごとに従事し、同会社のしごとをしなくなつてからも賃金台帳上には同年八月ころまで名前が登載されていたことがそれぞれ認められる。しかしながら一方同被告は昭和三九年二月中旬ころ被告水島興発のしごとが途切れたのを機会に同会社のしごとを事業上(同会社に届出ることなく)やめたことが認められ右認定に反する証拠はなく、前記認定のように同年三月ころからは被告中本商事の砂利、砂運搬のしごとを専属的に請負い、同会社のしごとに従事中、本件事故を惹起したものである。そして右事実に徴すると被告水島興発は、被告小松原が同会社のしごとをしなくなり、被告中本商事のしごとに移つた昭和三九年三月以降はも早被告車の運行についての支配を失つており、自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」には該当せず、また民法第七一五条にいわゆる「使用者」にも該らないことが明らかである。したがつて被告水島興発に対する原告らの本訴請求はこの点において理由がない。
三、〔証拠略〕を綜合すると次の事実が認められる。すなわち本件事故の発生した現場は倉敷市玉島所在山陽本線玉島駅前から吉備郡真備町箭田に通じる県道上で玉島駅前から約四粁の地点であり、市街地からはかなり離れ、南北に走る道路の西側には人家を距てて山林が、東側には人家を挾んで水田が存在する農村地帯で交通量は多くない。現場附近の道路は有効幅員四米、歩車道の区別のないアスフアルト舗装でほぼ南北に通じ、本件事故現場を中心に前後約一七〇米の間は一直線かつ平担で見通しがよいが舗装部分の両側にはそれぞれ約五〇糎幅の非舗装部分があり、平担とはいえずかつ外側に向かつてやや斜ド方に傾いている。本件事故当日、被告小松原は被告中本商事の砂を井原市へ運搬しての帰途、被告車を運転して右県道を北から南へ時速約三〇粁の速度で進行していたが、本件事故現場附近の数十米手前にさしかかつた際、前方を同一方向に進行する被告百合子が運転し、訴外亡菊野がその後部荷台に東を向いて横坐りに同乗している婦人用自転車を認め、本件事故現場附近まで右自転車の速度に合わせて追尾し、警笛を二回吹鳴したところ、右自転車が道路左端に寄るのを見てこれを追い越そうと考えた。その時原告百合子は訴外菊野に後から大型貨物自動車が来るから注意するようにいわれたので、下車して避譲しなければいけないと思いながら下車せず、道路左側に寄つただけで進行を続けていたが、これを被告小松原は時速約二〇粁の速度で追い越しを始めた。
右認定を覆えすに足りる証拠はない。
以上認定した道路の幅員、形状に自転車がその性質上極めて不安定な交通機関であり、そのうえ婦人の二人乗りであることを併せ考えれば、追い越しの際、被告車が自転車と接触するかもしれない危険性が十分に予測される場合であるから、被告小松原には自動車を運転する者として、原告百合子が下車待避して安全な位置に移るのを確認してから追い越しをするか、あるいは避譲するようすがないときは速度を十分減じ、自転車との間隔に留意して、安全にその場を通過し終るまで終始自転車の姿勢、態度を注視して、危険を感じたときは直ちに急停車できる態勢をとりつつ追い越しをなし事故の発生を未然に防止するべき注意義務があることが明らかである。
ところが被告小松原が右注意義務を尽くしたことを認めるに足りる証拠は存在しない。被告らは被告小松原は自転車と約一米の間かくをおいて追い越しをかけたものであり、自転車がふらついているのを見て直ちに停止したところ、被告車の後に訴外菊野が転落していたものであつて被告小松原には過失がないと主張し、〔証拠略〕には右被告主張と符合する部分が存在するが、右は前記認定にかかる訴外菊野の受けた左胸廓圧迫骨折の部位、程度、および証人高越秀明の証言、原告高橋百合子本人尋問の結果に照して直ちには信用できない。
そして被告車の運行について被告小松原が注意を怠らなかつたと認められない以上、被告小松原ならびに被告中本商事はいずれも自動車損害賠償保障法第三条本文の規定によつて原告らが本件事故の発生によつて受けた後記損害を連帯して賠償すべき責任がある。(原告らは被告小松原については民法第七〇九条により請求すると主張しているが、自動車損害賠償保障法第三条本文所定の要件事実が当事者のいずれか一方によつて主張され、それが認定できる以上、民法の特別法たる自動車損害賠償保障法が当然適用されることはいうまでもない。)
四、そこで本件事故の発生によつて原告らが受けた精神上の苦痛に対する慰藉料額について判断する。
まず前記認定のように原告百合子は後部荷台に訴外菊野を同乗させて自転車を運転し、後から大型貨物自動車である被告車が接近してくることを知つていながら、下車して待避するなどの措置をとらず、ただ道路の左端に寄つただけで進行を続けたものである。原告らが主張するように本件事故現場附近道路の交通量は頻繁とはいえず、自転車に運転者以外の者を同乗させること自体は禁止されていない(岡山県道路交通法施行細則第八条第一号イ)けれども、前記認定にかかる道路の幅員、形状を考慮すれば、その性質上極めて不安定な乗物である自転車を、加うるに後部荷台に大人を乗せて運転しているのであるから、原告百合子としても被告車が追い越しをする際、接触事故が発生するおそれが十分にあることに思いを致し、直ちに自転車を下車して道路左端に待避すべき注意義務がありまたこれが可能であつたのに、これを尽さずそのまま進行を続けた過失があるというべく、右原告百合子の過失もまた本件事故発生の一因となつているといわなければならない。
次に〔証拠略〕を綜合すると、訴外菊野は事故当時、満六五才の健康な女子で原告玉一郎と結婚以来四三年間家事および家業の農業に従事し、原告百合子(大正一一年一〇月三日生)は原告玉一郎および訴外菊野の子で、同人らと同居していること、原告らはいずれも本件事故により永年つれそつた妻あるいは母を失い悲歎に暮れていることが認められ、右認定に反する証拠はなく、以上の事実および前示本件衝突事故の態様その他本件に現われた一切の事情を考慮して、原告らが本件事故により蒙つた精神的苦痛に対し被告小松原、同中本商事が賠償すべき慰藉料は原告らそれぞれにつき各七五万円とするのが相当であると認める。
五、したがつて被告小松原、同中本商事は各自原告らそれぞれに対し各七五万円づつおよびこれらに対する本件事故により訴外菊野が死亡した日の翌日である昭和三九年五月一八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
よつて原告らの被告らに対する本訴請求は右認定の限度において理由があるのでこれを認容しその余を棄却すべく、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 東條敬)